過敏性腸症候群(IBS)とは、検査で炎症や腫瘍などの異常が見つからないにもかかわらず、腹痛と便通異常(下痢・便秘、またはその両方)が慢性的に続く状態のことです。日本の一般成人の約15%にみられ、ストレスとの関連が指摘されています。当院では、自律神経の働きと横隔膜・腹腔神経節周辺の状態に着目した施術方針をご案内しています。
過敏性腸症候群(IBS)とは?
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome、IBS)とは、腹痛または腹部の不快感と、それに関連する便通異常が慢性的・再発性に持続する状態のことです。内視鏡検査や血液検査を行っても、炎症や腫瘍などの原因となる異常は見つかりません。国際的な診断基準(Rome基準)では、腹部の不快感が数ヵ月以上前から出現し、①排便によって症状が改善する、②排便頻度の変化で始まる、③便の形状の変化で始まる、という3つの特徴のうち2つ以上を満たす場合にIBSと診断されます。
便の形状によって、便秘型(IBS-C)、下痢型(IBS-D)、混合型(IBS-M)、分類不能型(IBS-U)の4つのサブタイプに分けられます。日本の一般成人に占める割合は約15%とされ、20〜40歳代の比較的若い世代の女性に多くみられます※6。
過敏性腸症候群の主な症状
次のような症状が続いている場合、IBSが関わっている可能性があります。
- 数ヵ月以上、腹痛や腹部の不快感が続いている
- 排便すると腹痛や不快感が軽くなる
- 下痢や便秘が続く、あるいは両方を交互に繰り返す
- 便に少量の粘液が混じることがある
- お腹の張りや腸が鳴る感じがある
- 残便感がある
- 試験や会議の前など、緊張する場面で症状が悪化しやすい
- 頭痛、動悸、めまいなどの自律神経症状を伴うことがある
IBSはなぜ起こる?原因と背景
IBSの背景には、脳と消化管が自律神経系やホルモンを介して互いに影響し合う「脳腸相関」の乱れがあると考えられています※6。この乱れには、次のような要因が関わっているとされています。
遺伝的要因
痛みの感じやすさに関わる体質や、腸の炎症に関与する遺伝子の働きが指摘されています※6。
環境的要因
感染性の胃腸炎(カンピロバクターやサルモネラなど)にかかった後にIBSを発症するケースや、腸内細菌叢の変化、特定の食べ物への過敏性なども関与するとされています※6。
社会的・心理的要因
幼少期の体験や生活上のストレス、不安障害やうつ傾向の強さも症状に影響するとされています※6。
多くの場合、単一の原因で説明できるものではなく、これらの要因が組み合わさって症状が現れると考えられています。
体の中で何が起きているのか
通常、腸の動きや知覚は自律神経とホルモンによって調整されていますが、IBSではこの調整がうまくいかず、腸が本来なら感じないはずの刺激にも過敏に反応する「内臓知覚過敏」が生じていると考えられています。ストレスや緊張が加わると、脳から腸への信号を介して腸の運動や分泌が乱れ、腹痛や便通異常として表れます※6。
近年の鍼灸研究では、この脳腸相関の乱れに鍼刺激がどのように作用するかが調べられています。大規模な臨床試験では、天枢(ST25)や足三里(ST36)などの経穴への鍼治療によって、下痢型IBSの腹痛や排便回数が偽の鍼治療群と比べて有意に改善したことが報告されています※1。動物を用いた基礎研究では、これらの経穴への刺激が脳内の痛みや感情に関わる神経回路(前帯状回と島皮質の結合)を調整することも確認されています※4。
IBSに関わる体のしくみ
自律神経と腸の運動
腸の運動は、自律神経のうち副交感神経(主に迷走神経)と交感神経のバランスによって調整されています。緊張状態が続くと交感神経が優位になり、腸の運動や血流に影響が及びやすくなります。
横隔膜と腹腔内の圧力
横隔膜は呼吸のたびに上下し、腹腔内の圧力をリズミカルに変化させることで、胃や腸に機械的な刺激を与えていると考えられています。この動きが乏しくなると腸の蠕動運動が低下し、ガスの停滞や便通異常につながる可能性があるという報告があります※5。
腸内細菌叢
腸の中には多数の腸内細菌が存在し、消化管の働きや免疫、脳腸相関にも影響を与えていると考えられています。
似た症状の病気との違い
IBSと似た症状を示す病気はいくつかあり、それぞれ確認方法が異なります。自己判断で決めつけず、医療機関での検査を優先してください。IBSは機能性ディスペプシア(FD)や逆流性食道炎(GERD)との合併も多いことが知られています※6。
| 疾患名 | 主な特徴 | 確認のための受診先・検査 |
|---|---|---|
| 機能性ディスペプシア(FD) | 上腹部(みぞおち)の胃もたれや痛みが中心。排便による改善はみられない | 消化器内科での上部消化管内視鏡 |
| 呑気症(空気嚥下症) | 空気を飲み込むことによる腹部膨満やげっぷが中心 | 消化器内科での問診・上部消化管内視鏡 |
| 炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病) | 血便、体重減少、発熱を伴うことがある | 大腸内視鏡検査、血液検査 |
| 大腸がん | 50歳以上での発症、血便、体重減少 | 大腸内視鏡検査 |
| 乳糖不耐症・食物過敏 | 特定の食品を摂取した後に症状が悪化する | 食事日誌、専門的な検査 |
先に医療機関を受診していただきたいケース
次のような場合は、まず医療機関を受診してください
- 血便がある、または便が黒っぽい
- 原因不明の体重減少がある
- 発熱を伴う
- 関節の痛みを伴う
- お腹にしこりのようなものを触れる
- 50歳以降で初めてこのような症状が出てきた
- 大腸の病気(大腸がん・炎症性腸疾患等)の家族歴がある
これらの徴候(警告徴候)がない場合でも、必ずしも器質的な病気を除外できるわけではありません。特に大腸がんなどの可能性を考慮し、一度は医療機関での検査を受けることをお勧めします※6。
東洋医学・鍼灸ではIBSをどう考えるか
東洋医学では、IBSのような腹痛と便通異常を伴う病態を「泄瀉(せっしゃ)」や「腹痛」として捉え、その多くを「肝」と「脾」の関係の乱れとして説明します。
肝鬱脾虚証
「肝鬱脾虚証」とは、ストレスや情緒の乱れによって「肝」の疏泄機能(気の巡りを調整する働き)が損なわれ、その影響が「脾」(消化吸収を担う機能)に及んで運化機能が低下した状態を指します。ストレスがかかると症状が悪化し、消化吸収の働きが落ちて腹痛・下痢・腹部膨満・腸鳴が生じるという考え方で、現代医学でいう脳腸相関の乱れと重なる部分の多い概念です。
鍼灸に関する研究
IBSに対する鍼治療は、鍼灸領域の中でも比較的大規模な臨床試験が行われている分野です。下痢型IBSの患者280名を対象にした多施設共同のランダム化比較試験では、天枢(ST25)・足三里(ST36)などの経穴を用いた鍼治療群で、偽の鍼治療群と比べて腹痛と下痢の複合的な改善率が有意に高いことが報告されています(57.9% vs 41.4%)※1。中脘(CV12)などへのセルフ指圧を4週間続けた研究でも、症状の重症度スコアや不安・抑うつの改善が報告されています※3。これらの研究で使われている経穴は、当院で行っている横隔膜刺鍼・腹腔神経節刺鍼とは異なりますが、「鍼灸刺激が脳腸相関に働きかけうる」ことを示す根拠として参考にしています。
木もれび鍼灸院の施術方針
状態の評価
問診で症状のパターン(下痢型・便秘型・混合型のいずれか、症状が悪化する状況、ストレスとの関連)を確認するとともに、東洋医学的な脈診・腹診によって、肝鬱脾虚証など証のタイプを見極めます。
施術の考え方
当院では、横隔膜刺鍼・腹腔神経節刺鍼を中心に、自律神経の働きを整えることを目的とした施術を行っています。横隔膜の動きが乏しくなると腸の蠕動運動を促す機械的な刺激が減り、ガスの停滞や便通異常が悪化しうるという報告があり※5、当院ではこの横隔膜の状態に着目した施術を、IBSの随伴症状の緩和を目的として行っています。これは当院独自の臨床仮説であり、天枢・足三里など他の経穴を用いた臨床試験の結果が、そのまま当院の施術効果を証明するものではありません。
通院の目安
症状の程度や経過年数によって個人差が大きく、回数を一律にお伝えすることはできません。当院で対応した症例では、週3回程度の施術を8週間継続したケースがあります。
セルフケア
食生活の改善や十分な睡眠、規則正しい生活は症状の管理に役立つとされています※6。中脘(お腹の中心、みぞおちとおへその中間あたり)を1回3分ほど円を描くように指圧するセルフケアで、症状の改善が報告されています※3。当院ブログでも、便秘型・下痢型それぞれに応じたセルフケアのツボを紹介していますので、あわせてご参照ください。
施術後にまれに内出血や一時的なだるさが生じることがありますが、抜鍼後の圧迫(後揉法)で最小限に抑えるよう努めています。妊娠中の方、抗凝固薬を服用中の方、ペースメーカーをご使用中の方は、事前にお申し出ください。
当院の症例
受験期に腹痛・下痢が悪化した10代女性
来院までの経緯:医療機関で血液検査・便検査を受け、器質的疾患は認められず、Rome IV基準を参考に下痢型過敏性腸症候群(IBS-D)と診断されていた(本人・保護者からの申告)。
鍼灸医学的診断:肝鬱脾虚証。
施術:横隔膜刺鍼・腹腔神経節刺鍼を週3回、8週間(計24回)継続。
経過:施術開始から4週後には腹痛の頻度・程度が減少し、排便回数も1日2〜3回、便の状態も改善した。8週間の施術終了時にはIBS重症度スコア(IBS-SSS)が施術前の320点から90点まで低下し、腹痛はほぼみられなくなった。施術終了後3か月の経過観察でも、大きな再発は認めなかった。
※一例としての経過であり、同様の経過を保証するものではありません。医療機関での診断・検査結果を確認したうえで施術を行った症例です。
よくあるご質問
IBSは鍼灸で治りますか?
IBSの脳腸相関の乱れに対して、鍼灸が症状の緩和に寄与しうるという研究報告が増えています。ただし研究で使われている経穴と当院の施術(横隔膜刺鍼・腹腔神経節刺鍼)は異なり、当院の施術効果を直接証明するものではありません。医療機関での診断を受けたうえで、症状の緩和を目的にご利用いただけます。
病院の治療(整腸剤など)と並行して受けられますか?
はい、医療機関での治療と並行してご相談いただけます。服用中のお薬は自己判断で中止せず、主治医の指示に従ってください。
検査で異常がないと言われましたが、それでも鍼灸で対応できますか?
器質的な異常がないことを医療機関で確認したうえでのご相談であれば対応可能です。まだ検査を受けていない場合は、先に医療機関での検査をおすすめします。
何回くらい通えば良いですか?
症状の程度や経過年数によって個人差が大きく、回数を一律にお伝えすることはできません。
セルフケアでできることはありますか?
食生活の改善や十分な睡眠に加え、中脘(お腹の中心あたり)を指圧するセルフケアが症状の緩和に役立つ可能性があります。
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監修
木もれび鍼灸院/ツボ塾 代表
弓削 周平(ゆげ しゅうへい)
- 鍼灸師(はり師・きゅう師)
- 日本東洋医学会会員
- 2002年 明治東洋医学院卒業
- 2011年 長春中医薬大学卒業
- 2014年 木もれび鍼灸院開業
参考文献
- 楊静雯(Yang J-W)ら. Efficacy of ACupuncTure in Irritable bOwel syNdrome (ACTION): A multicentre randomised controlled trial. Gastroenterology. 2025. PubMed
- The effect of acupuncture on quality of life in patients with irritable bowel syndrome: A systematic review and meta-analysis. PLOS ONE. PLOS ONE
- Asal MG, et al. Self-administered active versus sham acupressure for diarrhea predominant irritable bowel syndrome: a nurse-led randomized clinical trial. 2025. PubMed
- Electroacupuncture at ST36 Alleviates Visceral Hypersensitivity and Anxiety via ACC-AIC Circuit Modulation in IBS Rats.(動物実験)PMC
- Symptoms Arising From the Diaphragm Muscle: Function and Dysfunction. PMC
- 医療情報科学研究所(編). 病気がみえる vol.1 消化器 第7版. メディックメディア; 2025. p.142-145(「過敏性腸症候群(IBS)」監修:大島忠之)。
本ページは一般的な情報提供を目的としており、診断や治療の代わりになるものではありません。症状の感じ方や経過には個人差があります。気になる症状がある場合は医療機関にご相談ください。
最終更新日:2026年9月20日