この記事の結論
胃内停水(いないていすい)とは、お腹を軽く揺らしたときに、お腹の中で水がポチャポチャと動く感じがする状態で、「振水音(しんすいおん)」とも呼ばれます。漢方や鍼灸の腹診(お腹に触れて体の状態を見る診察)で、機能性ディスペプシアを見るときに確認する所見の一つです。この部分は研究ではなく、動画で話した臨床での見方で、確度は「経験的示唆」です。
検査で異常がないのに胃もたれが続く方、腹診で「胃内停水がある」と言われて意味を知りたい方に向けた記事です。胃もたれの全体像は機能性ディスペプシアの症状ページ、若い女性に多い理由は【機能性ディスペプシア】若い女性に多い理由をご覧ください。
この記事では、大阪の木もれび鍼灸院・院長 弓削周平(鍼灸師・臨床経験27年)が、動画「胃もたれ・機能性ディスペプシアの解説」の内容と、機能性ディスペプシアに関する研究を並べて解説します。
胃内停水とは?振水音と腹診での見方
動画で話したこと
腹診で、お腹を揺らしたときにお腹の中で水が動く感じ(ポチャポチャと揺れる感じ)があれば、胃内停水、または振水音と呼びます。
動画では、漢方や鍼灸に携わる人は、機能性ディスペプシアを見るときに必ずこれを確認すると紹介しました。胃内停水があるかどうかで、選ぶ漢方の種類が変わるためです。
つまり胃内停水は、「胃の中に水分(液体の分泌物)がたまっている」ことを知らせる、腹診の目印のようなものです。
ただし、音の有無だけで体の状態が決まるわけではありません。腹診は、他の所見や症状とあわせて見るものです。自分で判断せず、気になるときは腹診のできる専門家に相談してください。
確度:経験的示唆(漢方・鍼灸の腹診での見方)。この部分には、論文による裏づけを付けていません。
胃内停水が起こる3つの原因は?
動画では、胃の中に水がたまる状態の背景として、次の3つを紹介しました。
① 胃が縦に寄っている(胃下垂)
胃は本来、斜めに位置しています。これが縦に寄った「縦軸型胃」の胃下垂の状態になると、胃の内側が緊張してゆるみにくくなり、胃の中身が十二指腸・小腸のほうへ降りにくくなります。
逆に、横に近い「横軸型胃」は正常な形で、胃の中身がすぐ下へ降りるため、胃もたれは起こしにくいと説明しました。
② 粘膜を守る分泌物が足りない
胃液の分泌は正常でも、胃の粘膜を保護する分泌物が不足していると、胃の中に水がたまりやすくなります。
動画では、ピロリ菌に感染している方、ストレスや胃の血流の悪化がある方、膵臓に問題がある方は、胃の粘膜が荒れやすいと紹介しました。
③ 胃の中の水分が多い
液体の分泌物が増えて、胃の上のほうまであふれるようにたまっている状態です。動画では、この場合も胃酸の割合は大きく変わらないと説明しました。
胃の形(縦型胃・胃下垂)については、【機能性ディスペプシア】肋骨弓の角度が重要|横隔膜を緩める鍼灸治療で改善や【機能性ディスペプシア】デトックス依存が危険な理由|ガス腹の原因でも触れています。
確度:経験的示唆(動画での臨床の見方)。この3つが胃内停水の原因のすべてとは限りません。
胃内停水の有無は、漢方の選び方とどう関係するのか?
動画で話したこと
五苓散(ごれいさん)は、水の排出を促す漢方薬として紹介しました。
六君子湯(りっくんしとう)は、胃の胃酸のバランスを整える漢方薬として紹介しました。
胃内停水があるかないかで、どちらの方向の漢方薬を考えるかが変わる、というのが動画の説明です。腹診が選び方の手がかりになる、ということです。
これは処方の推奨ではなく、仕組みの説明です。漢方薬は、お腹の所見だけでなく症状全体を見て選ぶものです。自分で選ばず、医師・薬剤師、漢方に詳しい専門家に相談してください。漢方の選び方は【機能性ディスペプシア】漢方が効かない胃の不調に|証で選ぶ漢方薬と鍼灸で解説しています。
確度:経験的示唆(腹診と漢方の選び方についての動画での説明)。
機能性ディスペプシアの2つのタイプと、胃内停水の関係は?
動画で話したこと
動画では、胃もたれには2つのタイプがあり、症状も原因も異なると説明しました。
食後愁訴症候群:食後に胃もたれが起こるタイプです。食べ物が入ると胃はふわっとゆるんで広がります。自律神経が乱れ、特に迷走神経(副交感神経)がうまく働かないと、胃が緊張したままで広がらず、あまり食べられなくなります。
心窩部痛症候群:心窩部(みぞおち)がシクシク痛み、押さえると嫌がるタイプです。動画では、炎症がある可能性が高いと話しました。十二指腸から胆汁が出すぎて、胃全体に軽い炎症が起こる場合や、胃酸のバランスが崩れている場合があると説明しました。
研究で分かっていること
ヨーロッパの学会(UEG・ESNM)がまとめた合意文書(コンセンサス)では、機能性ディスペプシアを、主な症状(早期満腹感、食後の膨満感、みぞおちの痛み、みぞおちの灼熱感)で定義し、心窩部痛症候群と食後愁訴症候群に分けることが合意されています。
動画では、胃内停水と2つのタイプの対応は説明していません。胃内停水は腹診の所見で、2つのタイプは症状による分類です。分類のしかたが違うため、「胃内停水があれば、どちらのタイプ」とは言えません。
動画では、心窩部痛症候群を「炎症がある可能性が高い」と話しました。合意文書の抄録では、このタイプを炎症で説明する記載は確認できませんでした。診断の確定には内視鏡検査が必要とされる一方で、警告症状のない一次医療では内視鏡なしで管理できる、という合意も示されています。
確度:2つのタイプへの分類は、確立した考え方です(合意文書)。タイプごとの原因についての説明は、動画での臨床の見方(経験的示唆)です。
食後に胃が広がらないとき、自律神経はどう関わるのか?
食べ物が胃に入ると、胃の上のほうがゆるんで広がります。これを「適応性弛緩(てきおうせいしかん)」と呼びます。この反応のおかげで、胃は食べ物をためておけます。
動画で話したこと
自律神経が乱れ、迷走神経がうまく働かないと、胃が緊張したままで広がらず、少ししか食べられなくなる、と説明しました。食後に胃もたれが起こる方は、自律神経が関わっている場合が多いとも話しました。
研究で分かっていること
機能性ディスペプシアの方を対象に、耳の一部に電気で刺激を与えて迷走神経を働かせる方法(経皮的耳介迷走神経刺激)を調べた、小規模な無作為化の試験があります。偽の刺激と比べて、胃の適応性が改善し、2週間の刺激では消化不良の症状が減ったと報告されています。なお、この研究は鍼灸の研究ではありません。
動画では、迷走神経がうまく働かないことを、胃が広がらない原因として説明しました。この研究は、刺激によって迷走神経の指標と胃の適応性が改善したことを示した試験で、迷走神経の低下が胃の広がりにくさを起こす、という因果までは示していません。迷走神経の働きも、心拍の変動から間接的に調べたものです。
つまり、胃の広がりと迷走神経が関係している可能性は研究でも示されていますが、まだ「そうだ」と言い切れる段階ではありません。
確度:機序的仮説。研究の抄録は途中までしか確認できていないため、ここで書いたのは抄録で確認できた範囲です。
体重を増やすことには、どんな意味があるのか?
動画で話したこと
動画では、逆説的ですが、太ることが大切だと話しました。体重が増えると、胃を支えてくれる内臓脂肪(腸間膜脂肪)が増え、胃下垂気味の方では胃の位置が戻っていく方向になる、という説明です。長年困っている方は痩せ型の方が多い、とも話しました。
研究で分かっていること
機能性ディスペプシアの臨床総説(NEJM)では、この病気はよくある医学的症候群で、体重減少や食べ物を避けることにつながりうると整理されています。
動画では、体重が増えれば胃の位置が戻って良くなっていく、と強めに話しました。総説の抄録には、体重減少が起こりうるという記述はありますが、体重を増やせば改善するという根拠は確認できませんでした。「体重が増えれば必ず」とは言えません。
食べられないから痩せる、痩せるからさらに食べられなくなる、という悪循環はあります。「体重を増やすこと」を目標にして無理に食べるのではなく、まずは食べられる状態に近づけることが先です。次の章の呼吸が、その入り口になります。痩せと胃の不調の関係は【機能性ディスペプシア】若い女性に多い理由でも解説しています。
確度:動画で話した内臓脂肪と胃の位置の関係は、経験的示唆です。体重減少と機能性ディスペプシアの関連は、総説での記述の範囲で、機序的な根拠は示されていません。
セルフケア:ゆっくり吐く呼吸と、巻き肩を戻す肩回し
動画では、胃もたれの背景として、食道の感覚過敏と横隔膜(おうかくまく)の緊張を挙げました。食道の感覚過敏とは、胃液のにおいなどのわずかな刺激に敏感になり、少し食べただけで気持ち悪くなる状態です。
横隔膜は、胸とお腹を隔てる呼吸の筋肉です。息を吸うと緊張し、吐くとゆるみます。吐くより吸うことが多い方は、横隔膜が緊張しやすくなります。動画では、この緊張が胃の過敏さにつながるパターンが多い、と説明しました。
呼吸法と機能性ディスペプシアの症状の関係を調べた研究は、今回の文献検索では確認できませんでした。ここから先は、動画で紹介した臨床での方法で、確度は「経験的示唆」〜「未検証」です。
① ゆっくり吐く呼吸
- 鼻からゆっくり吸います。
- 口をすぼめます。
- 力を入れず、脱力しながら、頭が真っ白になるくらいゆっくり息を吐き続けます。
- 最初は15秒ほどしか続かない方が多いです。慣れると1分ほど吐けるようになります。
吐くと、横隔膜は上に引き上げられて緊張がゆるむ、と動画では説明しました。回数は1日1回が目安です。やりすぎると、パニックに近い状態になることがあるため、多くても1日2回までにしてください。
② 巻き肩を戻す肩回し
横隔膜を動かす神経(横隔神経)は、首から出て、首の斜角筋(しゃかくきん)のあたりを通り、心臓の横を通って横隔膜へ向かいます。動画では、猫背や巻き肩で顔が前に出ると斜角筋が緊張し、横隔神経を圧迫しやすくなる、と説明しました。そこで、巻き肩を戻す動きを紹介しています。
- リラックスして、楽な姿勢になります。巻き肩や猫背のままで構いません。
- 肩を横に上げます。肘が肩より、少し高くなる位置まで上げます。
- 肩を軸にして、後ろへ回します。
- 勢いをつけずに、ゆっくり持ち上げて、すっと後ろへ回します。10回ほど繰り返します。
勢いをつけすぎると肩を痛めます。伸ばすストレッチではなく、ゆっくり回す動きです。
呼吸の筋肉と胃の関係は、【機能性ディスペプシア】薬が効かない胃の不調に|横隔膜への鍼灸アプローチでも解説しています。
※効果には個人差があります。痛みや気分の悪さ、違和感がある場合は中止してください。
セルフケアで改善しない場合は
胃もたれが続く場合、まず医療機関で検査を受け、ほかの病気がないか確かめることが大切です。総説では、内視鏡検査は55歳以上の方、または体重減少や嘔吐などの気になる症状がある方に絞って使うべきだと整理されています。
体重減少、繰り返す嘔吐、飲み込みにくさ、激しい痛みなどがある場合は、セルフケアを続けるよりも、早めに医療機関を受診してください。
検査で異常がないのに胃もたれが続く場合は、鍼灸が選択肢になることがあります。当院では、お腹の状態や呼吸、姿勢を見ながら施術を組み立てています。症状の全体像は機能性ディスペプシアの症状ページをご覧ください。
よくある質問
胃内停水とは何ですか?
お腹を軽く揺らしたときに、お腹の中で水がポチャポチャと動く感じがする状態で、振水音とも呼ばれます。漢方や鍼灸の腹診で、機能性ディスペプシアを見るときに確認する所見の一つです。診断名ではありません。
胃内停水は自分で確認できますか?
動画では、胃内停水は腹診で確認する所見として紹介しました。音の有無だけで体の状態が決まるわけではないため、自分で判断せず、腹診のできる鍼灸師や、漢方に詳しい医師・薬剤師に相談してください。
胃内停水があれば機能性ディスペプシアなのですか?
そうとは限りません。胃内停水は腹診で見る所見の一つで、病名ではありません。胃もたれやみぞおちの痛みが続くときは、まず医療機関で検査を受け、診断を確認してください。
五苓散や六君子湯は自分で選んでもよいですか?
おすすめしません。動画では、胃内停水の有無で選ぶ漢方の種類が変わることを紹介しましたが、これは処方の推奨ではなく仕組みの説明です。漢方薬は医師・薬剤師、漢方に詳しい専門家に相談して選んでください。
体重が減っていて胃の不調が続いています。体重を増やせば大丈夫ですか?
体重が減っている場合は、体重を増やす工夫よりも先に、医療機関での相談をおすすめします。体重減少は、内視鏡検査などを検討する目安として挙げられている症状の一つです。効果には個人差があり、体重を増やせば改善するとは言えません。
ゆっくり吐く呼吸や肩回しで、気分が悪くなったらどうしますか?
すぐに中止して、普通の呼吸に戻してください。呼吸法はやりすぎると、パニックに近い状態になることがあるため、1日1回を目安にします。肩回しで痛みが出る場合も中止し、続くときは専門家に相談してください。
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監修
木もれび鍼灸院/ツボ塾 代表
弓削 周平(ゆげ しゅうへい)
- 鍼灸師(はり師・きゅう師)
- 日本東洋医学会会員
- 2002年 明治東洋医学院専門学校卒業
- 2011年 長春中医薬大学卒業(中医学士)
- 2014年 木もれび鍼灸院開業
参考文献
- Wauters L, Dickman R, Drug V, et al. United European Gastroenterology (UEG) and European Society for Neurogastroenterology and Motility (ESNM) consensus on functional dyspepsia. United European Gastroenterol J. 2021;9(3):307-331. DOI / PubMed
- Zhu Y, Xu F, Lu D, et al. Transcutaneous auricular vagal nerve stimulation improves functional dyspepsia by enhancing vagal efferent activity. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2021;320(5):G700-G711. DOI / PubMed
- Pasricha PJ, Talley NJ. Functional Dyspepsia. N Engl J Med. 2026;394(2):166-176. DOI / PubMed
- Ford AC, Mahadeva S, Carbone MF, et al. Functional dyspepsia. Lancet. 2020;396(10263):1689-1702. PubMed

